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名古屋簡易裁判所 平成元年(サ)8750号 決定 1990年1月31日

原告(相手方) 浅井正

被告(申立人) 国

<ほか三名>

主文

本件訴訟を名古屋地方裁判所に移送する。

理由

被告(申立人)国は、主文同旨の裁判を求める旨申し立て、その理由とするところは、本件訴訟は刑事訴訟法三九条に規定された被疑者に対する捜査官の接見指定権の運用にからんで発生した国及びその他の被告らに対する損害賠償事件であって、その内容が複雑であり慎重審理を要する事件であるから、民事訴訟法三一条の二の規定により名古屋地方裁判所に移送することを求める、というのである。

民事訴訟法三一条の二は、簡易裁判所がその審理している訴訟につき管轄を有するときでも、これをその所在地を管轄する地方裁判所に移送することができる旨を定めているのであるが、右移送をなすにつき簡易裁判所がよるべき基準としては、単に「相当と認めるときは」と定めているにすぎない。

周知のように、簡易裁判所は、旧憲法下の区裁判所とはその設置の理念を異にするものとして、裁判所法により(民事事件についていうと)少額の民事訴訟を簡易な手続で迅速に処理することを目的として構想されたものである。そして、これに伴い裁判官の任用資格も他の下級裁判所の裁判官のそれよりもゆるやかに定められているのである。ところで、民事訴訟においては、訴訟の目的が少額のものであってもその事件の内容が複雑困難であり簡易な手続で迅速に処理するに適しないものの存在することは否めないところである。同法三一条の三が不動産に関する訴訟につき簡易裁判所が必要的移送をなすべきことを規定したのも、不動産訴訟には事実上・法律上複雑・困難な論点を含み、簡易裁判所による審判に適しないものが多いことを考慮したからに外ならない。

かかる視点に立って、当裁判所は、民事訴訟法三一条の二による移送を相当とする民事訴訟としては、憲法に関する争点を含む事件、前提問題として行政処分の効力を争う事件、国家賠償請求事件、医療過誤事件、製造物責任に基づく損害賠償事件、工業所有権に関する事件、既に地方裁判所に係属する訴訟と関連する事件、法律上事実上争点が多岐にわたり長期間の審理をなす必要が予測される事件等を例示することができると考える。

いま本件訴訟を見るに、本件訴訟は共同被告の中に国及び愛知県を含み、右被告らに対する訴えは国家賠償請求訴訟であって、憲法及び刑事訴訟法にまたがる法律上の争点を含み、これについて右被告らが原告の見解を全面的に争っていることは記録上明らかである。また事実関係においても、原告の主張する事実はその重要な部分において被告らにおいてこれを否認していることはこれまた記録上明らかである。

このようにみてくると、本件訴訟は、まさに民事訴訟法三一条の二により当裁判所がこれを地方裁判所に移送することを相当とする事件であるといわざるをえないのであり、しかも、他方これによって原告に不利益を来たすべき事由はこれを見出すことができない。本件移送申立は理由がある。

なお、被告国以外の被告らは、移送の申立をしていないが、事案の性質上、被告国に対する訴えを分離してこれのみにつき移送をすることは適切でないこと多言を要しない。

以上の次第により、本件訴訟を当裁判所の所在地を管轄する名古屋地方裁判所に移送することとし、民事訴訟法三一条の二により主文のとおり決定する。

(裁判官 宮本聖司)

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